#ひとぅ雑記 #325 私がお節料理を作る意味

2018年も残すところ、あと3日となりました。今日は朝からおせち料理の材料の買い出しにスーパーへ嫁と行く予定です。この時期のスーパーはみんな殺気だっていて、ちょっと引いてしまうぐらいですが、この活気もまた楽しいです。

我が家はお節料理を作るのですが、息子が「俺が大人になったら多分、おせち料理は作らない。」と言っていました。一瞬悲しい気持ちになりましたが、高校生一年生の息子の意見ですが私もおそらくその当時は同じことを考えていました。

日本人だからといって、年末にお節料理を作るのは正しいとは、私自身も決して思っていません。日本に生まれたのだから、四季折々のイベントや料理を楽しむということは、日本人に与えられた特権だとは思います。これらは強要されることではなく、本人がどのように感じ、どのように実行するかが求められていることです。

それでは、なぜ私はおせち料理を作るのか?その理由は、普段効率を求め、無駄なことを極力やりたくないと考える私だからこそ、逆に年末こそ想像以上に手間のかかるおせち料理を作ろうと思うのです。買い出しや下準備、そして料理は詰め込みを考えるとゆうに2日以上もかかるお節料理。しかし、その過程ひとつひとつが時間がかかる一方で、実は何一つ無駄なことはないのです。

年末になると、スーパーが混む理由、人々の行動を観察するには、もってこいです。普段よりも価格が上がる食べ物、これらは需要と供給で価格が決定される資本主義の縮図をそこに見ることができます。材料にしてもお肉、野菜練り物、乾物などなど一連のものを使う、おせち料理、料理のコツもここに凝縮されています。

30日から作り出して、大晦日は一日中、今度はフル稼働です。夕方には、重箱に詰め込みが終わり、紅白歌合戦を迎えるというのが恒例となっています。そして、お節料理を食べて新しい年を迎える、これが我が家にとっての年末年始の大切な時間の過ごし方です。

無駄なことを排除し、効率を求めるが故のこういった時間がかかる、そして手間がかかるおせち料理が今こそ日本に求められているものではないかと私は考えます。新年を迎え、祝い酒を交わし、いただくおせち料理は最高に幸せな瞬間です。また1年間頑張ろうという気力がみなぎってきます。

せっかく日本人に生まれたのだから、年末年始ぐらいは、日本人らしく、お節料理を作りたい私はそう考えます。繰り返しになりますが、この考えは、息子や他人に強要するものではなく、私自身がそう考えるものであります。

あっ、でも、お正月番組はほとんど見ません。あの番組構成なんとかなりませんかねぇ?( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )

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Posted by hitoxu